2023年01月12日
元東急グループのバス会社の車両①路線バス編
昨年、東急電鉄は、創立100周年を迎えました。小県郡青木村出身の五島(小林)慶太氏が経営に携わってから大幅に規模を拡大しました。しかし、バブル経済の崩壊後、リストラクチャリングが進みます。かつてあった、東急グループのバス会社の写真をアップします。
こちらは、上田バスのいすゞエルガミオ、I-032号車、長野200か1500です。上田バスは、もともと、上田交通のバス部門としてスタートしました。その後、バス部門を分社化し、上電バスになりました。しかし、草軽交通(後述)ともども、身売りをしました。その後、社名を上田バスに変えました。現在のデザインは、上田市の専門学校の学生さんが作ったデザインになっています。

こちらは、草軽交通の三菱ふそうエアロバス、2035号車、長野200か1653です。観光地が多い軽井沢町と群馬県草津町に路線を擁していることから、観光バスの車両を使っています。現在は、草軽上田ホールディングスの傘下に上田バスとともに属しています。このバスのデザインは、東急バスの空港連絡バスのデザインをそのまま使っています。「Tokyu」の部分を「KUSAKARU」に変えています。

こちらは、おんたけ交通の三菱ふそうエアロスター、220号車、松本200か・220です。「おいおい、この記事、4月1日に書けよ。」と、言いたくなる方は、沢山いらっしゃいます。しかし、事実です。1964年に名鉄との勢力争いを終わらせようと、東急が、名古屋に近い木曽地域にある、おんたけ交通を名鉄グループに鞍替えをしました。その後、21世紀になってから、名鉄グループからも離脱しました。現在のデザインは、離脱後のデザインです。

上田バス、おんたけ交通ともども、現在流行っている、復刻版デザインは、実現しそうになりません。次回は、貸切バス、高速バスのデザインを紹介します。では、また。
こちらは、上田バスのいすゞエルガミオ、I-032号車、長野200か1500です。上田バスは、もともと、上田交通のバス部門としてスタートしました。その後、バス部門を分社化し、上電バスになりました。しかし、草軽交通(後述)ともども、身売りをしました。その後、社名を上田バスに変えました。現在のデザインは、上田市の専門学校の学生さんが作ったデザインになっています。

こちらは、草軽交通の三菱ふそうエアロバス、2035号車、長野200か1653です。観光地が多い軽井沢町と群馬県草津町に路線を擁していることから、観光バスの車両を使っています。現在は、草軽上田ホールディングスの傘下に上田バスとともに属しています。このバスのデザインは、東急バスの空港連絡バスのデザインをそのまま使っています。「Tokyu」の部分を「KUSAKARU」に変えています。

こちらは、おんたけ交通の三菱ふそうエアロスター、220号車、松本200か・220です。「おいおい、この記事、4月1日に書けよ。」と、言いたくなる方は、沢山いらっしゃいます。しかし、事実です。1964年に名鉄との勢力争いを終わらせようと、東急が、名古屋に近い木曽地域にある、おんたけ交通を名鉄グループに鞍替えをしました。その後、21世紀になってから、名鉄グループからも離脱しました。現在のデザインは、離脱後のデザインです。

上田バス、おんたけ交通ともども、現在流行っている、復刻版デザインは、実現しそうになりません。次回は、貸切バス、高速バスのデザインを紹介します。では、また。
沼津ツアー③沼津市内の路線バス
沼津ツアー①ラブラブライブ!サンシャイン!!のラッピングバス
元東急グループのバス会社の車両②貸切バス、高速バス編
沼津探訪5
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Posted by つか信州 at 12:47│Comments(0)
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