2010年12月30日
MKB48
どーも、のりパラです。今回は、バスの話です。おい、このタイトルは便乗ネタじゃねえか。もちろん、便乗ネタです。今回は、松電観光バスの話です。現在は、アルピコハイランドバスになりました。自身の小学生のころの貸切バスの話です。
小学生のころの松電観光バスの車両は北村のいすゞと呉羽のふそうが主流でした。車体がモノコックの時代です。その当時のデザインは、現在、メモリアルバスの色でした。松電では「MATSUMOTO BUS」と書いてある部分が「MATSUDEN KANKO BUS」で、「松本電鉄BUS」の部分が「松電観光バス」、後ろの略称が、松電は「M.R.C.」だったのが「M.K.B.」になっていました。当時の車両の写真は残念ながらありません。ご覧になりたい方は、講談社で出しています「ユーザー系バスボディ」の本、または、ネコパブリッシングで出しています「バスグラフィック7号」をご覧ください。
その後、1980年にサロンバスの登場で「スケルトンカラー」が、1987年にスーパーハイデッカーの登場で「スーパーハイデッカーカラー」が登場、松電の初期の高速バスにも採用されました。(注:「スケルトンカラー」「スーパーハイデッカーカラー」はともに筆者の言い方です。)そして、1990年12月に「ハイランドエクスプレス」が登場しました。現在のデザインです。
ちなみに、「松電観光バス」は、今から40年前の1970年、松電の貸切バスの一部を分社化したことから始まりました。その後、アルピコグループの機能別化に伴い松電観光バスを存続会社として、「アルピコハイランドバス」を設立しました。2009年、松電と合併してもとの鞘に収まりました。ブランドはいまでも健在です。
私事ですが、「スケルトンカラー」と「スーパーハイデッカーカラー」のリバイバルを実現してほしいです。現在、世の中は「復刻版」がはやっていますので。
写真は、現在のアルピコハイランドバスの写真です。

いかがでしたか。今年は、たぶん、これで最後です。それではよいお年を。
小学生のころの松電観光バスの車両は北村のいすゞと呉羽のふそうが主流でした。車体がモノコックの時代です。その当時のデザインは、現在、メモリアルバスの色でした。松電では「MATSUMOTO BUS」と書いてある部分が「MATSUDEN KANKO BUS」で、「松本電鉄BUS」の部分が「松電観光バス」、後ろの略称が、松電は「M.R.C.」だったのが「M.K.B.」になっていました。当時の車両の写真は残念ながらありません。ご覧になりたい方は、講談社で出しています「ユーザー系バスボディ」の本、または、ネコパブリッシングで出しています「バスグラフィック7号」をご覧ください。
その後、1980年にサロンバスの登場で「スケルトンカラー」が、1987年にスーパーハイデッカーの登場で「スーパーハイデッカーカラー」が登場、松電の初期の高速バスにも採用されました。(注:「スケルトンカラー」「スーパーハイデッカーカラー」はともに筆者の言い方です。)そして、1990年12月に「ハイランドエクスプレス」が登場しました。現在のデザインです。
ちなみに、「松電観光バス」は、今から40年前の1970年、松電の貸切バスの一部を分社化したことから始まりました。その後、アルピコグループの機能別化に伴い松電観光バスを存続会社として、「アルピコハイランドバス」を設立しました。2009年、松電と合併してもとの鞘に収まりました。ブランドはいまでも健在です。
私事ですが、「スケルトンカラー」と「スーパーハイデッカーカラー」のリバイバルを実現してほしいです。現在、世の中は「復刻版」がはやっていますので。
写真は、現在のアルピコハイランドバスの写真です。
いかがでしたか。今年は、たぶん、これで最後です。それではよいお年を。
タグ :アルピコハイランドバス
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Posted by つか信州 at 10:40│Comments(0)
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